転職にどう向き合ったらいいのか?
- 「転職を検討した方がいいとは思うけど」
- 「ずっと今の会社にいるのがいいとは限らない」
- 「でも今の会社を辞めて転職するのは怖い。今より悪くなるかも。」
- その結果特に転職活動をしない。今の環境が不満であっても。
理性では転職を考えた方がいいとわかっているが、気が乗らない。
転職についてそう思う人は多いのではないでしょうか。
転職すればよりよい仕事に就ける可能性があるのに、なぜ検討を始めることさえ多くの人はしないのか。
それには心理的な理由があります。
しょうがない側面があるのです。
しかし転職すれば自分のキャリアをよりよいものにできる可能性があります。
その可能性をなんとなく捨ててしまわないために、なぜ転職が不安なのかを知っておくべきです。
不安な理由を知ってこそ合理的に対処できます。
1 転職が怖いと感じる人の心理
なぜ転職を怖いと感じるのか。
以下のような心理傾向があるからです。
- 人は今あるものを過大評価にする【保有効果】
- 転職で失敗したくない。今あるものを失いたくない【損失嫌悪】
- 損失嫌悪が現状維持バイアスを生み出し「現職場が最高」となる
- 不確実性を嫌う
(1) 人は今あるものを過大評価にする【保有効果】
人は現職を知らず知らずのうちに過大評価します。
- 現職A社
- 転職候補先B社
上記2社を比較検討する際、どうしてもA社を高く評価してしまいます。
人の心理上、これはしょうがない。避けられない。
「保有効果」が働くからです。
場所・人・会社・イベントを含めても、何であれ「モノ」を保有するとそれに対して執着が生まれることがある。執着心が強くなると、執着の対象となるモノに対して、それを保有しなかった場合に比べて、実体よりも高い価値を見いだしてしまう。これは保有効果と呼ばれるバイアスである。
(筒井義郎=佐々木俊一郎=山根承子=グレッグ・マルデワ『行動経済学入門』(東洋経済新報社、2017年5月)114ページ)
自社に所属してるだけで、保有効果が機能します。
自動的に自社に執着する心が生じるのです。
「まさか!自分の会社に執着してるなんて。自分の会社に執着心なんてありませんよ」
こう多くの人が反論してきそうです。
しかし、それは人のバイアスを過小評価しすぎです。
自分が気づかないうちに自分の心理に自動的に強力に働きかけるのがバイアスです。
保有効果も超強力です。
人が「動かない」「変わらない」を生み出す要因の1つです。
今あるものにこだわって少しも変わらない人っていますよね?
だれか思い浮かべて見てください。
その人の心理は、誰にでも共通です。
自分にもあるものなのです。
したがって、当然自分にもこの保有効果のバイアスはかかっているものと見るべきです。
保有効果があると人の判断にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
保有効果があると、モノに対する保有権や執着(愛着)が大きな損失感を生まないように、非合理的な行動をとりがちである。
(筒井義郎=佐々木俊一郎=山根承子=グレッグ・マルデワ『行動経済学入門』(東洋経済新報社、2017年5月)114ページ)
転職検討の場面では、自社に対する執着(愛着)が大きな損失感を生まないようにするため、今よりよい仕事環境を転職で得られる可能性があるにもかかわらず、検討すらしないという非合理な行動に結びつく、ということになります。
ここで「損失感」と出てきました。
転職では、保有効果は損失回避と大いなる関係があります。
この授かり効果の背景には、損失嫌悪がある。人は、自分の所有するものを手放したくない。
(リチャード・E・ニスベット『世界で最も美しい問題解決法 ―賢く生きるための行動経済学、正しく判断するための統計学―』(青土社、2018年1月)142ページ)
(2) 転職で失敗したくない。今あるものを失いたくない【損失嫌悪】
なぜ転職が怖いか。それは失敗が怖いからです。
失敗とは何か。転職して今より仕事環境が悪くなることは失敗と言えるでしょう。
今より仕事環境が悪くなるとは、今ある良い要素がなくなることと言い換えられます。
人は、この喪失(損失)を大いに嫌います。
損失回避とか損失嫌悪と呼ばれる特性を人は備えています。
私たちには、すでにもっているものを手放すことを避ける一般的な傾向がある。……この傾向は、損失嫌悪とよばれる。
(リチャード・E・ニスベット『世界で最も美しい問題解決法 ―賢く生きるための行動経済学、正しく判断するための統計学―』(青土社、2018年1月)142ページ)
以下2つのアクションの効用の絶対値は同じではありません。
- ①10万円をもらう
- ②10万円を失う
上記②の方が心理的影響は大きいのです。
「失う」>「得る」
さまざまな状況において、何かを得ることで幸せになる度合いは、同じ物を失うことで不幸せになる度合いの半分程度でしかないらしい。
(リチャード・E・ニスベット『世界で最も美しい問題解決法 ―賢く生きるための行動経済学、正しく判断するための統計学―』(青土社、2018年1月)142ページ)
人は「転職すればいいことがある」とわかっていても、それよりも「転職して悪くなること」を過大評価します。
転職すれば良いことも悪いことも両方あるのが当然ですが、悪いことの方を殊更に考えてしまい、「悪いこと」の方が転職の意思決定に影響してしまいます。
損失を嫌う心理は強力です。
これが転職検討の場面では機能するのです。
そして、この損失嫌悪(損失回避)は、保有効果(授かり効果ともいいます)と同時に作用します。
同時作用するということは超強力だということです。
損失回避は授かり効果とともに作用する。自分の所有するものを手放したくないのは、それを過大評価しているためでもあり、過大評価するのはそれを手放したくないからでもある。
(ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門-お金篇- (早川書房)』(早川書房、2018年)155ページ)
転職でいえば、自社を辞めて他社に転職したくない(転職を不安と感じる)のは、自社を過大評価しているためでもあり、過大評価するのは辞めたくないからでもあるということです。
(3) 損失嫌悪が現状維持バイアスを生み出し「現職場が最高」となる
辞めることによる損失を大いに人は嫌います。
その結果どうなるか?
「現状最高!」という考えに行きつきます。
損失嫌悪からは惰性が生まれる。行動を変えることにはふつう、ある種の犠牲が伴う。
……損失嫌悪にある最大の問題は、これにより現状維持バイアスが引き起こされるというものだ。
(リチャード・E・ニスベット『世界で最も美しい問題解決法 ―賢く生きるための行動経済学、正しく判断するための統計学―』(青土社、2018年1月)144ページ)
転職しても悪くなりそうなら今のままの方がよくね?
となるわけです。
現状維持バイアスとは「現状が最高」と過大評価する傾向のことです。
このバイアスが強力にかかっているサラリーマンは数えきれないくらいいます。
程度の差こそあれ、ほぼ全員このバイアスを持っているはずですが、信念といえるくらい強力に凝り固まった人もたくさんいます。
(4) 不確実性を嫌う
転職したからといって損をするとは限りません。
失うものよりも得るものが多いことだって十分にありえます。
しかし、転職では何を得られるかがよくわかりません。
転職後のことは予想しかできないからです。
転職して働いてみて初めて何が得られるのかわかることは多い。
転職には不確実さが伴います。
人はこの不確実性を大いに嫌います。
人は、不確実ものを嫌う結果、そのものの価値を切り下げて考えてしまいます。この現象を「不確実性税」と呼びます(ジョーナ・バーガー『THE CATALYST 一瞬で人の心が変わる伝え方の技術』(かんき出版、2021年3月)224ページ)。
確実な選択肢と、不確実な選択肢のどちらかを選ぶとき、よほどリターンが大きくなければ不確実なものは選ばれない。
(同上)
転職には変化が伴い、不確実な部分も多いです。
なので、人にとって転職は大いなる負担になります。
わからない部分が多いほど不確実性税は重税となり、わからないものの価値は切り下げて考えられます。
よくわからない会社でよくわからない仕事をする。そんな状況は誰だって勘弁してくれと思うわけです。
私も確かに転職求人情報を見て「なんだこれ?」と思う謎の求人情報は低く評価しています。知らず知らずのうちに価値を低く見積もっているわけです。
不確実性を嫌う結果どうなるか?
人は意思決定ができなくなります。思考停止になる。
その結果、現状がそのまま続きます。
転職先がどうなのかわからないなら、転職について考えることはなく、現職続行という判断に至ります。
2 「とりあえず動け」という煽りに屈しない
- 私は転職して人生が変わった
- 動かないことがリスク
ネット上ではこんな煽りはよく見かけます。
無視すべきです。
「人生が変わった」は言い過ぎです。誇大表示。
ある人の転職大成功例が他の人にそのままあてはまるわけがない。
「私に出来たのだから、あなたにもできる」
こう行動を促す扇動者の言葉には要注意。
自分と他人は違う。人は「自分がすでに習熟した知識や作業をほかの人が新たに学ぶ際に、かかる時間を少なく見積」る(ピーター・ブラウンほか『使える脳の鍛え方 成功する学習の科学』)
— にゃんがー@外資弁護士サラリーマン (@Nyanger_b) 2021年2月13日
他人は他人。自分は自分。
他人がどう言おうと自分で自分のことは決めるべきです。
「動かないのがリスク」ととにかく動いて消耗することを美徳とする助言には全く賛成できません。
「リスク」って何ですか?
現状より悪くなることですか?
投資でいうところのボラティリティのことを言ってるわけではないですよね?
「リスク」とかカタカナでわかったような言葉には要注意です。
中身が曖昧、空虚なものを覆い隠しているだけの可能性があります。
上記のような転職ごり押しをする人は、自分の考えを自慢したいとか自己都合を押し付けているだけです。
本ブログを読む読者は、合理的な判断ができる人であり、意味不明な煽りにはノーと言えるはずです。
転職で求人情報の大半にはノーと言うのが合理的と書いた通り、大した理由もないのであれば転職に踏み出すべきではありません。
3 転職の不安を転職エージェントに話しても

「髪を切るべきかを美容師に尋ねるべきではない」
(”Don’t ask the barber whether you need a haircut”)
ーウォーレン・バフェット
これは、バフェットがよく口にするアドバイスです。
なぜ髪を切るべきかを美容師(理容師)に聞いてはならないか?
「切った方がいい」と答える可能性が高いからです。
切ってくれれば自分の売上になる。
相手が利害関係を持つ場合にその相手に、その利害関係のある事柄を相談してはならないということです。
そうすると、転職エージェントは、実は仕事やキャリアを相談する相手としては不適だということになります。
「転職エージェントとは」でも書いていますが、転職エージェントは、応募者のキャリア形成を支援することで金を得ているのではありません。
応募者を会社に紹介し、入社することで紹介料を報酬として会社からもらっています。
要するに、転職エージェントからすれば、応募者が最悪の会社に入ろうとなんだろうと、転職さえしてくれれば金が入る構造になっています。
転職エージェントには良心的な人もいますが、どうやって売上を上げているかを知るのは重要です。
私は50人以上の転職エージェントと面談をしてきました。
極めて多くの転職エージェントが「とりあえず応募」を勧めてきました。

私が転職時の懸念を伝えると、たいていは「転職するとこんないいことがある」と反論してきました。
そう。転職エージェントは、応募者に転職してほしいのです。
なぜか?
応募者に幸せになってほしいから?
違います。
応募者が転職すれば、会社から紹介料報酬がもらえるからです。
当然、人なので、転職エージェントとしては、応募者が転職してよりよい仕事に就けることを喜ぶことはあるはずです。「こいつ転職して惨めになりやがれ」と思いながら仕事をする転職エージェントはあまりいないはずです。
しかし、転職エージェントは、知らず知らずのうちに「転職=幸せ」と他人である応募者のことを考えるようになります。
人は、自分が一貫していないと嫌だと思います。
応募者に転職を促すことは、売上が上がるので自分のためになる。しかし、それが応募者のためにならないとすると、応募者に「転職した方がいいですよ」と言えない。それでも勧めると嘘をつくことになり、自分の立場が一貫していないことになる。
そこで転職エージェントはこう思い込むようになります。
「転職することは、応募者にとってよいことだ」と。
多少の不都合は無視し、転職はあの応募者にとってよかったのだ、と思い込むことで、自分は売上を上げてハッピー、応募者も転職できてハッピー、私のしたことは一貫していると思い込みます。
転職エージェントは、この自分の心理の傾向には気づきにくい。
したがって、転職エージェントへのキャリア相談には極めて慎重になるべきです。

4 転職恐怖症にどう対処すればいいのか
転職を恐れる心理を自分は持っている。
転職しないのはリスクだと煽ってくる人もいる。
転職エージェントは相談相手としてイマイチである。
ではどうしたらよいのか?
(1) 自分の心理傾向を知れ
ファーストステップとして、転職には誰しも不安を感じるものだということを知るべきです。
そういう心理が人には元々あるので、しょうがない。
転職の場面では前記1の心理的傾向が現れやすいのです。
まず自分をよく知りましょう。
そして、その後にその不安の言いなりになるだけでなく、対処しましょう。
(2) 合理的かどうか吟味せよ
転職が怖いと感じる心理がわかった。
ただ、その心理は合理的なものとは限りません。
行動経済学者は、前記1のような心理を人の不合理さの現れであるといいます。
不合理な心理にどっぷり影響を受けてしまい、それによって自分のキャリア形成に不利に働くのはよくありません。
キャリア形成の敵となる不合理な心理を正しく評価しましょう。
転職時における合理的な評価方法とは何か、それは転職しない場合のコストを考えるということです。
仕事を変えず、今の仕事を続けることにもコストはかかっています。
意識しないだけです。
現職継続にはどんな問題があるか?
- 同じ仕事ばかりすることになり、新しいスキルが身につかない
- スキルだけでなく、心理的にも変化に弱くなる
- 自分のスキルが相対的にみてレベルが下がっても気がつかない(井の中の蛙状態)
- 他社に移っていれば得られたはずのよりよい仕事(やりがいのある仕事、高い給料)を得られない
転職しないことの問題をきちんと意識しなければなりません。
意識しなければ、保有効果・損失嫌悪・現状維持バイアスの餌食になって不合理に現職にしがみつくことしかできなくなります。
会社を辞めて転職するか辞めずに残るかを正しく決断する方法では、転職すべきかどうかの判断について説明しています。
この記事では、現職の良さもちゃんと評価することの大事さも書いています。
保有効果・損失嫌悪・現状維持バイアスの強力な効果を知りつつ、正しく判断しましょう。
また、転職したほうがいいひと、しないほうがいい人も参考にしてみてください。

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