仕事では厳しい指導の方がやさしく褒めるよりも効果的?

仕事 叱る 厳しく 褒める
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上司が部下を指導するにあたり、以下2つのどちらが効果的だと広く思われているでしょうか。

  1. 部下が何かうまくできたときに、褒める等やさしく指導する。
  2. 部下が何かうまくいかなかったときに、叱る等厳しく指導する。

答えは②。

部下を持って人を指導したことがある人の多くは、②の方が効果があると思いやすい。

「叱ったから、あいつはできるようになった」

しかし、その「効果がある」というのはただの思い込みであって、実際にはそうではない可能性があります。

叱った後にできるようになったとしても、それは叱ったことが原因ではないかもしれないのです。

相関関係と因果関係を混同してしまっている可能性があるということです。

また、上司は、上司風を吹かせたくなって「私があの部下を厳しく指導して成長させた」と自己満足に浸りやすい。

目次

1 うまくできるようになったこととその前に厳しく指導したことは関係がないことも多い

部下や後輩を指導する立場にある人は、多くの場合以下のパターンで指導します。

  • うまくいったら褒める
  • うまくいかなかったらダメ出しする

ダメ出しのやり方は、怒鳴る、𠮟りつける、皮肉を言う、冷静に理由を言う、やさしくなぜダメか説く、、などと多くのバリエーションがありそうです。

しかし、指導の構造は上記2パターンが多いはずです。

(1) 叱る上司の方が褒める上司よりも報われる(と感じられる)

  • うまくいったら褒める
  • うまくいかなかったらダメ出しする

上記2類型のうち、上司が後で「あの指導をしてよかった!」と思うことが多いのは、「ダメ出し」の方です。

ダメ出しの方が、その後の部下の成長を実感しやすい。

心理学者として初めてノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、若い頃にイスラエル軍にいました。そこでカーネマンは、士官の訓練で、教官は練習生を褒めるよりけなした方がうまくいくと思い込んでいることを発見しました。

ダニエルはその頃イスラエル空軍で、戦闘機パイロットの訓練を手伝っていた。彼は、ジェット機の飛行訓練では「ほめるよりけなしたほうが技術向上に効果がある」と、教官たちが思い込んでいることに気づいた。彼らは、特にうまく飛べたパイロットをほめると何が起きるかを見れば、その意味がわかると言った。ほめられたパイロットは、次の訓練ではいつも下手になる。一方、けなされたパイロットはうまくなる、と。

マイケル・ルイス『かくて行動経済学は生まれり』(文藝春秋、2017年7月)139ページ

あるベテラン教官は、カーネマンに対し、自らの長年の経験から、褒めると叱るの効果をこう語りました。

訓練生が曲芸飛行をうまくこなしたときなどには、私は大いに誉めてやる。ところが次に同じ曲芸飛行をさせると、だいたいは前ほどうまくできない。一方、まずい操縦をした訓練生は、マイクを通じてどなりつけてやる。するとだいたいは、次のときにうまくできるものだ。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)258ページ

長年上記のような経験を積み重ねれば、怒鳴ったりするいわゆる厳しい指導の方が効果があると思うようになるのも無理はありません。

このように上司が部下に対してダメ出しをした後に効果があったと実感できるのには理由があります。

(2) けなした後に効果があったと実感できるのは平均への回帰があるから

褒めるよりもダメ出しの方が効果があると感じられるのには統計的な裏付けがあります。

何かを試行する場合には平均への回帰が働きますが、人は統計的に物事を理解するのは得意ではありません。

ア 成功・失敗と褒める・叱ると結果の関係

①部下が失敗する → ②上司が叱る → ③部下が再度挑戦する。結果は・・?

上記の流れの場合、③の結果はどうなるか?

うまくいくことが多い。

①部下が失敗する → ②上司が叱る → ③部下が再度挑戦する。結果はうまくいく!

ではうまくいったことを褒めるとどうか。

①部下が成功する → ②上司が褒める → ③部下が再度挑戦する。結果は・・?

上記の場合の③の結果は。

この場合は失敗することが多い。

①部下が成功する → ②上司が褒める → ③部下が再度挑戦する。結果は失敗。

「どのケースでもこんな単純に行くはずがない」と思う人はそれは正しいです。

上記①~③の流れは、多くの場合に上記のようになることが多い、というだけであって、必ずこうなるという厳密な因果関係を示したものではありません。

大枠として示したいのは以下の構造です。

①部下が失敗する → ②上司が叱る  → ③部下が再度挑戦する。結果は成功。

①部下が成功する → ②上司が褒める → ③部下が再度挑戦する。結果は失敗。

上司としては、上記②の「叱る」「褒める」の後に生じた③の結果を見て、②と③の間に因果関係を見出します。

「私が叱ったから、あいつはできるようになった。厳しい指導は効果がある」

「褒めたけど、うまくいかなかった。甘やかしてしまった。」

しかし、②と③は時系列での先後関係はありますが、本当に因果関係があるとは限りません。

イ 失敗した後は成功しがち。成功した後は失敗しがち【平均への回帰】

教官が訓練生の操縦を誉めたときは次回にへたくそになり、叱ったときは次回にうまくなる。そこまでは正しい。だが、誉めるとへたになり、叱るとうまくなるという推論は、完全に的外れだ。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)258ページ

ダニエル・カーネマンが語るイスラエル空軍の訓練に限らず、多くの上司は、厳しい指導の後に部下ができるようになるというのを経験的に知っています。

ダメ出しの後に成功する(ことが多い)。褒めた後に失敗してしまう(ことが多い)。

この事実は正しい。

しかし成功するか失敗するかは、上司のダメ出しや褒めることによって生じるわけではないとカーネマンはいいます。

つまり、以下②と③の間に因果関係があるわけではないのです。

①部下が失敗する → ②上司が叱る  → ③部下が再度挑戦する。結果は成功。

①部下が成功する → ②上司が褒める → ③部下が再度挑戦する。結果は失敗。

因果関係がなければ、②がなくても③は生じるということです。

上司が叱ろうが褒めようが、それとは関係なく③の結果は生じうる。うまくいったとしても上司のおかげとは限らない。

なぜそう言えるのか?

上記の①~③の構図は、平均への回帰(regression to the mean)という現象として説明できます。

「失敗した」とは、言い換えると「平均よりも下の出来だった」です。

「成功した」とは、言い換えると「平均よりも上の出来だった」です。

何度も試行をすると、平均的な出来であることが一番多く、発生確率が一番高い。

「失敗した後によくなった」というのは、平均を下回るという確率の低い事象が発生した後の試行で最も高い確率で発生する平均的な出来の事象が発生したということを意味します。失敗後にその平均的な出来を見れば見た目は良化していることになります。

「成功した後にわるくなった」というのは、平均を上回るという確率の低い事象が発生した後の試行で最も高い確率で発生する平均的な出来の事象が発生したということを意味します。成功後にその平均的な出来を見れば見た目は悪化していることになります。

教官が観察したのは「平均への回帰(regression to the mean)」として知られる現象で、この場合には訓練生の出来がランダムに変動しただけなのである。教官が訓練生を誉めるのは、当然ながら、訓練生が平均をかなり上回る腕前を見せたときだけである。だが訓練生は、たぶんそのときたまたまうまく操縦できただけだから、教官に誉められようがどうしようが、次にはそうはうまくいかない可能性が高い。同様に、教官訓練生をどなりつけるのは、平均を大幅に下回るほど不出来だったときだけである。したがって教官が何もしなくても、次は多かれ少なかれましになる可能性が高い。つまりベテラン教官は、ランダム事象につきものの変動に因果関係を当てはめたわけである。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)258-259ページ

いつもテストで平均的に80点くらいを取っている生徒があるテストで50点を取れば、その生徒は次のテストで80点くらいを取る確率が高い。

ドラえもんの野比のび太があるテストで70点を取ったとする。その後のテストで取ると思われる点数は?0点とか10点とか低い点数である確率が高い。

先生が叱ろうが励まそうが関係がない。平均に回帰するだけ。

不出来だったあとはよくなるし、上出来だったあとはまずくなるのであって、これは誉め言葉や叱責とは関係がない

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)259ページ

(3) ネガティブなことを伝える厳しい指導は効果があると思い込む

平均への回帰という現象があることを考慮すると、上司の叱ったり褒めたりする行動と、その後の部下の出来には因果関係がないかもしれない。

①部下が失敗する → ②上司が叱る  → ③部下が再度挑戦する。結果は成功。

①部下が成功する → ②上司が褒める → ③部下が再度挑戦する。結果は失敗。

ポイントは「ないかもしれない」ということであって、因果関係があるかはわかりません。

人は順序ある物事に簡単に因果関係があると思い込みがちです。

上記①~③の構図では、②と③はただの統計的な事象が発生しただけかもしれないのに(そうであることが多いのに)、②と③との間に因果関係があると思い込んでしまうのです。

私たちの頭は因果関係を見つけたがる強いバイアスがかかっており、「ただの統計」はうまく扱えない

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)268ページ

上記②上司が叱るor褒める、その後、③部下が成功するor失敗する、という②と③の2つの事象が発生すると、②と③はそれぞれ独立した事実であって、②が③の原因ではないかもしれないけれども、人は理由を探し求めますので、「②があったから③が起きたのだ」と思いたがる。

ある事象に注意が惹きつけられた場合、連想記憶はさっそく原因を探し始める。正確に言えば、記憶の活性化が自動的に拡がり、すでに保存されている原因を手当り次第に刺激する。こうしたわけで、回帰が検出されると、ただちに理由付けが始まる。だがこれは誤りだ。平均回帰を説明することはできても、原因は存在しない。ゴルフトーナメントでは、初日にいいスコアを出した選手がだいたいは二日目にスコアを悪くする現象が認められた。その最も妥当な説明は、初日はとてもラッキーだった、というものである。だがこの説明は、私たちが大好きな因果関係を含んでいない。私たちは、回帰にもっともらしい説明をつけてくれる人を大歓迎する。もし評論家が「この企業は去年不振だったので今年はよくなるでしょう」と言ったら、早晩干されるにちがいない。

同上

統計的に考えるのは難しい。

研究者でも因果関係があると思い込んでしまう。

回帰という概念が理解しがたいのは、システムとシステム2の両方に原因がある。統計学を専門的に学んでいない人は言うまでもなく、ある程度学んだ人の相当数にとってさえ、相関と回帰の関係はどうにもわかりにくい。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)269ページ

回帰現象にまちがった因果関係を当てはめるのは、一般紙の読者だけではない。統計学者のハワード・ウェイナーが調べたところ、たくさんの著名な研究者が、単なる相関関係を因果関係と取りちがえるという誤りを犯していた。

同上・270ページ

上司が「叱ると効果がある」と思い込んでしまうのは、平均への回帰を使って考えることができず、因果関係を探してしまうという人間の考え方の癖に理由があります。

この日私が発見したのは、訓練教官が不幸な偶然の罠に落ち込んでいる、ということだった。彼らは訓練生の出来が悪いとどなりつけ、その叱責は実際には効果がないにもかかわらず、次回はたまたま訓練生がうまくやるという見返りを手にする。そこで、「叱るのがよいのだ」と考えてしまう。こうした罠にはまっているのは、彼らだけではない。私は、人間の置かれた状況に関する重大な事実に気づいた私たちの生活では、こうしたことがそこら中で起きているのである。私たちは、自分によくしてくれた人には親切にし、そうでない人にはいじわるをすることによって、親切に対しては統計学的に罰され、いじわるに対しては統計学的に報われている。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)259ページ

2 上司は部下より上位に立ちたい | けなせば簡単に上に立てる

上司が部下に対する厳しい指導が効果があると思いたいのは、上司の心理に理由があります。

上司は自分が有能だと思いたい。

有能であると思うには、他者との比較が必要です。

無人島で1人で働いていても自分が有能かどうかはわかりません。

一番身近な比較対象は、同じチームにいる部下です。

部下と比較して自分の有能さを確認する。

相対的な自分の有能さを確実にする簡単な方法は、部下が自分より下だと位置づけることです。

上司は基本的に「自分は部下より上」と思っていますが、けなせばさらに効果的です。

自分が指導する上の立場で、下の立場の至らない部下を厳しく指導する。ああ、なんて自分は有能なんだ!

これが典型的な厳しい指導を肯定的に考える上司の思考です。

こんなのが上司になれば上司ガチャが発生して当然です。

上司が部下に対して優位に立ちたがる心理については以下記事で説明していますので、こちらもぜひお読みください。

3 どんな指導法がうまくいくかは主観に左右されやすいのを知らねばならない

他人を指導する場面では、自分の思っている「指導の効果」は主観で多いに歪められているのだと知る必要があります。

人は誰もが強力な色眼鏡をかけて世界を見ています。

自分がどんな色のレンズの眼鏡をかけて世界を見ているか推測しなければなりません。

(1) 褒めた方が効果がある

私(注 ダニエル・カーネマン)は教官たちを前にして、スキル強化訓練における重要な原則として、失敗を叱るより能力向上を誉めるほうが効果的だと力説した。この原則は、ハト、ネズミ、ヒトその他多くの動物実験で確かめられている。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)258ページ

叱る・褒めるとその後の結果の因果関係はよくわからない、と書いてきましたが、褒めた方が効果的なようです。

(2) けなしたりする厳しい指導をしたくなったらこう考える

他人にダメ出ししたくなったら、そのダメ出しで本当に効果が上がるのかを考えねばいけません。

気分でダメ出しをして他人をおとしめて自分の優位性を確立して優越感に浸るなんて愚か者のやることです。

多数派かもしれませんが、世の中の多数派は、自分の思い込みに忠実で厳密に因果関係を検証できない平凡な人で占められています。

非凡な人でありたいのであれば、立ち止まってよく考えるべきです。

みなの真似をしていたら、平凡から抜け出すことはできない。
ーチャーリー・マンガー

デビッド・クラーク『マンガーの投資術』(日経BP社、2017年)243ページ

平均への回帰の説明からしてダメ出しは効果的とは思えませんし、ダメ出しは効果がないという説明もあります。

自分の指導法は常に見直すべし。

仕事 叱る 厳しく 褒める

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