「即レスができる人は仕事ができる」と言われることがある。
本当なのでしょうか。
即レスしても仕事ができることの証明にならず、即レスが優秀なビジネスパーソンが身につけるべき素養であるとは思えません。
即レス=仕事がデキる、という図式は、自分勝手で思い込みの強い低能な多くの人達の作り上げた幻想です。
1 即レスのメリットはなくもない
即レスが全部悪いわけではないので先に即レスのメリットを考えてみましょう、
(1) コミュニケーションが早く進む
5時間にメール2往復よりも、1時間以内に5往復やりとりした方がやりとりは進む。
早く返信した方がコミュニケーションが早く進む、というのは否定できない事実です。
(2) 早く返信をもらえるとうれしい
即レスをもらえた人は、待ち時間は長いより短い方がうれしい場合が多いです。
待ち時間が少なくて済む客観的なメリットは前記(1)ですでに取り上げているので、この(2)は即レスをもらった人の主観的な満足度が高いということです。
(3) 即レスした人はメール処理を1件減らせる
返信しなければならないメールがたまると仕事がたまるということですので、さっさとメールを出してしまえば即レスする人にとってもメリットです。
ただ、「了解しました」「かしこまりました」といった中身のないメールを即レスで出しても、中身のないメールですので、あまりこのメリットは享受できないとは思います。
2 即レスのデメリットは大きい
即レスのメリットはわかった。
デメリットを検証してみましょう。
(1) 中身のない即レスをすれば無駄メールが増える→無駄メールの処理コスト増
会社員の多くは、メール処理に膨大な時間を費やしています。
受信メールをフォルダごとに分類している人も多いでしょう。
そういう人にとっては、何の意味もないメールを受け取っても、①メールを見る、②フォルダに移動する、という作業をしなければなりません。
メールの受信者が複数人であることも多く、1通のメールが送られることにより、複数人がそのメールを開き、削除したりフォルダに移動をするなどして作業時間が発生します。
そんなの10秒くらいで大したことないと思うかもしれません。
しかし、6人受信すれば1通送るだけで会社内で1分の時間が失われます。
こうした意味のないメールのやりとりは会社内全体で1日、1か月、1年でどれくらい発生しているでしょう。
無駄は塵も積もれば山となるの塵と同じです。1つの無駄は取るに足らないかもしれませんが、それが複数人と長期間で倍加されると膨大な無駄になります。
(2) 即レスをすれば作業が中断してしまう
ボーっとしている時でない限り、就業時間中のメール受信時は何か作業をしているはずです。
メールを受信するたびに即レスをしていたら、何度も何度も作業を中断することになってしまいます。
これはとても効率が悪い。
作業をする、メールが来る、メールを開いて読む、返信ボタンを押す、メール本文を書く、送信ボタンを押す、また元の作業に戻る、そしてまたメールが来る、、、。
こんなのやってたらちっとも作業がはかどりません。
作業に集中しないと非効率だということは、本ブログでも何度か紹介している経済学の父アダム・スミスも説いています。
作業中に別の種類の作業である即レスに移る際には無駄な時間が発生する。
作業→即レス→作業戻る→即レス→作業戻る、という中断と移行を繰り返すと、摩擦が発生します。この摩擦が無駄なのです。
時間でも無駄は計測できますが、アダム・スミスが指摘するように、心理的にも集中が途切れてしまってそれを戻すのはそんなに容易なことではありません。
即レス人間は気がつかない間に集中力が落ちて疲れているのです。
(3) メールはよく読んでよく考えて書くべき | 即レス推奨はミス推奨
多くの会社員のメールを読んできて思うのですが、だいたいの人は文章を書いて自分の考えを伝えるのがうまくありません。
「このメールは何が言いたいんだ?」と思うことはしょっちゅうあります。
そんな作文下手の人から届いたメールをさっと読んでしまうと誤読してしまうおそれがあります。
そして、即レスをする人だって作文はそんなにうまくないことが多い。
すぐ読んですぐ返せば、かなりクオリティの低いメールを送ってしまうだけでなく、誤ったコミュニケーションになってしまう可能性もあります。
メールは文章でのやりとりですので、注意すべきなのです。
読んでわからないところはないか、誤読していないか、注意しなければならないですし、自分の書いたメールも書いたら送信前に読み直すべきです。
読み直して書き直すだけでも文章はかなりよくなります。読み直し・書き直しの習慣がないまま5年、10年と経っていくと、あなたのメール作文能力は低レベルが固定化して大変なことになるはず。
メールで何言ってるかさっぱりわからないおじさん・おばさんがいるでしょ。あれになるんです。若者でもひどい人おおいけど。
即レスでは「了解しました」とか間違えようのないメールを送るだけだからいいだろう、という考えもあります。
しかし、読み直しも必要ないような短いメールを送るメリットはほぼありません。中身がないから。
中身がないならそれを送って得られるものはほとんどない。しかし即レスにはコストがかかっている。即レスはコスパが悪いのです。
(4) 即レスを繰り返す人は「私はよく働いて有能だ」と勘違いする
即レスは中身はないけれども、無駄に即レスする人を疲れさせると前記(2)で述べました。
これはまずい。
疲れれば仕事の質に影響するのもよくないんですが、「私はこんなにいつも早く返信している。なんて仕事熱心で優秀なんだろう」と勘違いしてしまいます。
疲れたからといって何かを生み出しているわけではありません。
しかし、即レスで疲れると自分は何かすごいことをしていると思い込むようになります。
私たちはなにかに労力を費やすと、……自分がなにかを生み出したという感覚を持つようになる。
ダン・アリエリー&ジェフ・クライスラー『アリエリー教授の「行動経済学」入門―お金編―』(早川書房、2018年)150ページ
即レスによって、客観的に見れば何も生み出されていないが、主観的には自分がすごい働いているように思える。
この錯誤に本人は気がつかない。
勘違い有能社員の誕生です。
即レスは危ない。
振り返ってみると、私も即レスするといい仕事したなあとなんとなく思ってしまっているような気がするので、危ないなあと思っています。
3 即レスを期待する人は自分のことしか考えていない
「電話をするのは失礼だ。メールで連絡しろ」という考えがあります。
電話は強制的に相手の時間を奪うことになるが、メールであれば読み手がいつ読むかを決めることができるから、というのがこの考えの理由です。
「即レスができる人は仕事がデキる」なんて勝手な思い込みをもって即レスを過大に期待するのは、上記のような配慮が全くありません。
(1) 即レスのデメリットを考慮できていない
まず即レス期待者の何がダメかと言えば、即レスのデメリットを少しも考えていないことです。
即レス期待するわがままな低能社員の満足のために即レスのコストは割にありません。
(2) 自分さえよければよい
即レス大好き人間は自分勝手です。
相手の都合なんかどうでもよい。
私が早く返信をもらえるように即レスしてくれる人が仕事がデキる、と勝手に自分基準で他人の仕事の優秀さを判断しています
天動説人間です。
4 即レスを高く評価する人の浅はかな心理
なぜ「即レスができる人は仕事ができる」なんて思い込みを早まって持つようになってしまうのでしょうか。
人間の心理の癖を考えればやむを得ない面はあります。
(1) ハロー効果と確証バイアスで即レス人を神格化する(思い込み)
即レスする人が仕事ができるという神話の作られ方を見てみましょう。
ハロー効果で神話が始まり、確証バイアスで確固たる地位が築かれます。
ア ハロー効果によって即レス神話が始まる
即レスを受けてうれしい人は、「この即レスさんは、私を大事にしてくれている。いい人だ」と思います。
この思いが、その即レスしてくれた人は即レス以外の仕事の出来も良いに違いないという評価をしがちになってしまいます。
これがハロー効果の力です。
もしあなたが大統領の政治手法を好ましく思っているとしたら、大統領の容姿や声も好きである可能性が高い。このように、ある人のすべてを、自分の目で確かめてもいないことまで含めて好ましく思う(または全部を嫌いになる)傾向は、ハロー効果(Halo effect)として知られる。後光効果とも言う。
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 上』(早川書房、2012年11月)122ページ
このハロー効果は超強力です。
仕事の評価の場面では頻出の心理です。
以下の本は調子のいいことばかり書かれている流行りのビジネス書のリテラシーを高めるのにとても有用な本です。
この本では「ハロー効果」によって間違った判断がなされていることを鋭く突いています。
この本はハロー効果を大々的に取り上げて分析しているように、ハロー効果というのは極めて重要で、注意しなければならない心理の癖です。
誰でも持っている心理的傾向ですので、影響を受けずにいるのは無理といえます。
しかし、単純にハロー効果の虜になるのは賢明なるビジネスパーソンではありません。
「即レス」と「仕事ができる」とは切り分けて考えるべきなのです。
イ 確証バイアスによって即レス神話は信者にとって確かなものになる
宗教の信者の信心が確かなものになる瞬間はいつか?
それは神の奇跡を自分の目で見た時です。
では、即レス教(狂)信者が、「即レスする人は仕事ができる」という思い込みをより強固にするのはいつか?
即レスする人が仕事ができると思える場面を見た時です。
そういう場面を見れば、「やっぱり仕事がデキる人は即レスなんだ」と納得します。
「結局即レスできる人は仕事がデキる」とかもう狂信的信者になっていきます。
一度神話を信じると、信者の妄想と思い込みの定着はもう止まりません。
ますます確固たるものになっていきます。
「即レス=仕事がデキる」という信念に合致する事実だけが見えてきます。
BTSが好きな人はテレビやネットを見ても、BTSに関する情報がドンドン入ってきます。
小さな子どもがいて子育てに関心がある人は、子育てに関する情報に敏感です。
アンテナが立てられて興味ある情報に敏感な状態です。
即レスする人は仕事がデキるという神話を信じ始めた人は、その実例を探し求めます。
そしてそれを見て「やっぱり!」と思います。
そんな状態でも、客観的な世界では、「即レスはしないけど優秀な人」がいて、「即レスはするけど仕事がイマイチな人」という実例はゴロゴロいます。
それでも、即レス教信者にはそうした自分の信念に反する実例は認識されません。
スルーしてしまうのです。
自分の確信にかなう情報だけを都合よく選別して吸収してますますその信念を確固たるものにする心理バイアスを確証バイアスといいます。
確証バイアス 仮説を裏付けるような証拠を探し、仮設を覆すかもしれないような証拠に目を向けようとしない傾向のこと
(リチャード・E・ニスベット『世界で最も美しい問題解決法 賢く生きるための行動経済学、正しく判断するための統計学』(青土社、2018年1月)190ページ)
(2) 神格化した即レス人をもとに、即レス人は仕事がデキるという思い込みを安易な一般化
ハロー効果と確証バイアスは強力なので、もう少しよく考えろよとは言いたくなりますが、即レス教につい入信してしまいたくなるのはしょうがない。
しかし、即レス教信者は、自分が見たものがこの世界の全てだと思い込んでしまうというこれまた致命的な心理に陥ってしまっています。
「見たものがすべて」なので、自分の知らないことはないものとし、簡単に自信過剰になってしまう。こうして私たちの大半は、根拠のない直感にひどく自信を持つことになるわけだ。
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー 下』(早川書房、2012年11月)16ページ
即レス教を信じ、実際に「即レスしている人が仕事がデキる!」(ように見える)実例を見ると、その即レス教信者はこう思うのです。
「やっぱり即レスする人は仕事ができるんだ。それが仕事の常識なんだ」
即レスしている例を見てその即レス者が仕事がデキるという思い込みはハロー効果が働いているため、適切な評価になっていない可能性があることは前述しました。
そんな不確かな評価に基づく実例を数件程度見て「あの人もこの人も即レスする人は優秀」とドンドン思い込んでいくようになるのですが、数件というサンプルは確証バイアスが働くには十分な数かもしれませんが、「即レスする人は仕事がデキる」という一般論を導出するには少なすぎます。
少ない実例から安易に一般化をするのは愚か者の思考法です。
そんな簡単に作った一般論にはあてはまらないケースは世の中に無数ころがっています。
(3) 相手の環境を考えずに「できる人/できない人」と決めつける:根本的な帰属の誤り
即レスする人が仕事がデキるという決めつけをする人は、そんな安易な一般論に当てはまらない例に目もくれません。
優秀だけど即レスしない人や、即レスするけど優秀でない人はどちらもたくさんいるはずです。
そうした反証例に目もくれないのは考えが足りません。
また、相手がそもそも即レスできない環境にあることにも配慮が行き届いていません。
優秀と目される人物で、多数の仕事を抱えている人であれば、会議が立て込んでいてちょっと空き時間ができて受信箱を見たらメールが数十件、なんてことはよくあるはずです。
メールを変えそうにもすぐ次の会議が始まる、出張に出かけないといけない。そういう環境に相手があることは十分考えられます。
即レス教信者は「優秀な人ならそんな状況でも私に即レスしてくれる。だからすごいんだ」と言うのかもしれません。
そんな忙しい人気者がそこまでして即レスに時間割く必要ないやろ。
即レス教信者は、相手の置かれている環境は少しも考えずに、「あの人は即レスしてくれる優秀な人」「この人は即レスしない仕事出来ない人」と、「~な人」と簡単にレッテルを貼るかもしれません。
このような相手の状況を考えずに「あの人は、・・」とその人がどういう人かと判断してしまう傾向を根本的な帰属の誤り(根本的な帰因の過誤)といいます。
人の行動の原因はその人自身の性格等が原因であると実際以上に考えがちなこと、換言すればその人を取り巻く周りの状況の影響を軽視してしまうことである。これが根本的な帰因の過誤である。たとえば、首相が交替してから株価が上向けば、それを首相の経済政策のよさに帰因し、真の原因である円安や外国投資家の動向にはあまり目を向けない。あるいは日本にいるX国人が貧しい生活をしている場合、本人が怠け者であることが原因であると考え、公共政策の貧しさは無視してしまう。これらは根本的な帰因の過誤の例である。
岡本 真一郎『悪意の心理学 – 悪口、嘘、ヘイト・スピーチ』(中公新書、2016年7月)62ページ
5 即レスには気をつける
即レスは自分がするのも、他人に期待するのも危ないです。
即レスにはあまり意識されませんがコストがかかっています。
得られるものはあまりありません。せっかちな即レス大好き人間が喜ぶだけです。
自分の上司が即レス大好きなら即レスを心がけるしかないですが。
自分が上司なら安易に即レスを求めたり期待したりすることには慎重にあるべきです。
もし自分が「即レスしている人は仕事がデキると思ったかも」と気づいたら、自覚症状ありです。合理的に即レスの事実と仕事の優秀さとは切り分けて考え、即レス教から足を洗いましょう。まだ間に合います。
即レスは絶対に仕事がデキる人の特徴だ、と思いこんでその信念が変わらない人は、もう手遅れかもしれません。
そのまま思い込みにしたがって仕事をしていても確証バイアスによってますます信心深くなる可能性があるため、仕事以外の活動に精を出し、勉強をする中でどこかで気づいてくれたらと思います。
政府のリスキリング支援はこうした思い込みのリハビリプログラムがあるとよさそうです。
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