スーパーマーケット業界のファンダメンタル分析
夏休みの自由研究としてスーパーマーケット事業を営む会社をいくつか選び出して分析をしました。
本ブログは転職記事が中心ですが、企業分析はビジネスパーソンのスキルとして重要ですので、そのスキルアップのために分析記事を書きました。
転職先の会社のことを考える際には、だれでも当然「良い会社」に行きたいと思います。その「良い会社」を選び出すために、分析が必要です。
なんとなく評判のいい会社を選ぶのではなく、ビジネス上の数値から判断できるようになった方がよい。
そんな考えも込めて分析を行いました。
- スーパーマーケット業界のファンダメンタル分析
1 分析対象のスーパーの概観(ヤオコー、ベルク、G-7HD、エコス、JMHD)
分析対象とするスーパーは以下の5社です。
- ヤオコー
- ベルク
- G-7ホールディングス
- エコス
- JMホールディングス
大まかな数字は以下のとおりです。売上高が高いものから並べています。
スーパーマーケットを営む会社のうち、ROE、ROAが高めの会社を5つ選びました。
以下それぞれの会社の概要を説明します。
(1) ヤオコー
1974年に八百幸商店を株式会社に設立された埼玉地盤の会社です。2020年3月期まで単体決算で31期連続の増収増益を果たした注目の成長企業でもあります。
当社は、食料品を中心としたスーパーマーケットです。
現在、埼玉県を中心に千葉県、群馬県、茨城県、東京都、栃木県、神奈川県の1都6県に広く店舗展開し、生鮮食品、惣菜をはじめとする食料品並びに家庭用品などの住居関連商品の販売を行っております。
地域のお客さまの毎日の消費生活を豊かにするために、「味」と「鮮度」の追求、「メニューに合わせた品揃え」の追求、「安さの実現」に努めています。
「楽しい食卓」が演出できる店づくり、「楽しい買物」ができる店づくりをめざし、価値ある商品の開発やサービスの向上に取り組んでいます。
ヤオコーの出店地域は以下のとおりです。
出店は、埼玉が中心であり、「主に都心から20kmから40kmのドーナツエリアにドミナントを形成し出店する方針」(統合報告書2019年、25ページ)が取られています。
ドミナント戦略とは、チェーンストアが地域を絞って集中的に出店する経営戦略。ある地域内における市場占有率を向上させて独占状況を目指す経営手法(ウィキペディアより)をいい、多くのスーパーが採用しています。スーパーマーケットの場合は、物流拠点の配置の問題もあり、ドミナント出店が多くされています。
(2) ベルク
ベルクは、1959年5月、埼玉県秩父市に株式会社主婦の店が設立されてスタートしました。
商号が「株式会社ベルク」になったのは1992年です。
ベルクは、ヤオコーと同じく、埼玉県を中心とした出店をしています。
「埼玉県北の2つの物流拠点から、配送時間2~3時間のエリアに展開」(ベルク「2020年2月期 決算説明会資料」14ページ)するというのがベルクの店舗配置です。
「当社グループは、経営方針の実現のため、中長期の経営戦略として、標準化した店舗フォーマットでの計画的出店を行い、新たな商圏開発に取り組むとともに、あわせて既存店の改装等による店舗活性化や店舗状況に合わせた 諸施策を実施し、一層のドミナント化とお客様に支持される店舗展開を行います」(同上17ページ)
このように述べていることから、ベルクは、今後も同じような店舗(「標準化した店舗フォーマット」)で、少しずつ上記各県の数字を増やしながら、既存店舗の売上向上を図るのが今後の狙いのようです。
ヤオコーとベルクの出店配置を比べると非常に似ていることがわかります。
都道府県 |
ヤオコー *2019.3月 |
ベルク *2020.2月 |
埼玉 |
89 |
75 |
千葉 |
30 |
14 |
群馬 |
16 |
16 |
神奈川 |
3 |
19 |
東京 |
12 |
5 |
茨城 |
7 |
1 |
栃木 |
5 |
2 |
どちらも埼玉を本拠地として、関東各地に出店を図っています。
(3) G-7ホールディングス
G-7ホールディングス(以下「G7」といいます。)は、他のスーパーマーケット運営会社とは違う経営スタイルを取っています。
G7は、スーパー専業ではありません。
G7の営む事業は以下のとおりです。
- オートバックス・車関連事業(売上高構成比28.3%)
- 業務スーパー・こだわり食品事業(売上高構成比68.0%)
- その他(飲食店、フィットネスチェーン等)(売上高構成比3.7%)
色々な事業を営んでいます。
「既存事業に頼るだけではなく、より収益性の高い事業、より大きな市場を持つ事業へと積極的に参入し、成長し続けることが重要であると考えています」(同社ウェブサイト)という事業戦略の説明からすると、他のスーパー専業とは異なり、融通無碍に儲かる事業に積極的に参入する意図があることが読み取れます。
そんなG-7ホールディングスにおいては、スーパー事業が7割近くを占める中心事業であるとともに、グループの成長エンジンでもあります。
「業務スーパー」は、神戸物産をフランチャイザー(フランチャイズ本部)とし、G7はフランチャイジーとして店舗運営に当たっています。
注目の業務スーパーを手掛けるメガフランチャイジーです。
本分析では、G7については主に業務スーパー事業をメインに取り上げますが、それ以外の事業を含めて検討することもあります。
G7全体の店舗の地域別出店状況は以下のとおりです。
このうち、業務スーパーは以下のとおり出店しています。
- 北海道 9
- 関東 62
- 中部 35
- 近畿 32
- 九州 7
関東が一番多く、四国と中国は店舗がありません。
神戸物産のネットワークを使えるため、ヤオコーやベルクのように物流効率を考えた集中的な出店をする必要がないのが見て取れます。
(4) エコス
エコスは、1965年12月、東京都立川市の個人青果店「八百元」から起業して有限会社たいらや商店として設立されました。東京西部地盤の食品スーパーマーケットチェーンとして事業の拡大を図ってきています。
「今後も地域密着の商売に徹し、事業活動を通じながら、お客様の食文化に貢献できる企業となれるよう、商品力やサービス力に磨きをかけ、従業員が満足して働きやすい企業をめざし、日々努力を続けて参ります」
(同社ウェブサイト)
このように説明していることから、「今後も地域密着」として東京西部の地盤から大きく離れるような出店戦略は現時点では取らないと読めます。
(5) JMホールディングス
JMホールディングス(以下「JM」といいます。)は、「茨城県土浦市に本社を置き、主に首都圏を中心に、スーパーマーケット事業及びその他事業を展開」(同社「2020年7月期 第2四半期決算説明資料」5ページ)するグループの持ち株会社です。
JM誕生前の中核会社は、株式会社ジャパンミートであり、同社は、1978年茨城県にて設立されました。
グループでは複数事業を抱えており、上記の通り各事業会社がJMの子会社としてぶら下がっています。
- スーパーマーケット事業:株式会社ジャパンミート
- 都市型ホールセール事業:株式会社花正
- スーパーマーケット事業(北関東):株式会社パワーマート
- 焼肉や漫遊亭を中心とする外食事業:株式会社ジャパンデリカ
- 肉フェス等の食に係わるイベント事業:AATJ株式会社
- レジ業務アウトソーシング事業:株式会社アクティブマーケティングシステム
JMは、複数の事業会社を持っていますが、主力はスーパーマーケット事業です。
売上の約96%はスーパーマーケット事業であげています。
そのスーパーマーケット事業での主力店舗は、「肉のハナマサ」です。
スーパーマーケット事業の85店舗のうち、53店舗は肉のハナマサが占めています。
肉のハナマサは、神戸物産の「業務スーパー」に似たスーパーです。店内では「プロ御用達」と書かれた商品が多く見受けられ、巨大なブロック肉が売られていたりします。店内の内装は悪く言うと雑です。
その肉のハナマサは、元からJMの運営するスーパーであったのではありません。
2013年9月に、株式会社花正を完全子会社として買収し、肉のハナマサの運営を開始するに至っています(有価証券報告書「2 沿革」)。
買収した会社の事業が主力となっており、当該買収は成功したといえるかもしれません。
JMは、「M&Aの積極的活用」を事業展開方針の重点方針の1つとして掲げており(同社「2020年7月期 第2四半期決算説明資料」17, 22ページ)、今後も同様のM&Aによる店舗展開がなされることが想定されます。
なお、スーパーマーケット85店舗のうち、店舗数で第1位は肉のハナマサ(53店舗)であり、第2位は「生鮮館」(14店舗)です。生鮮館は、14店舗のうち、大型ホームセンターの「ジョイフル本田」内に構えるものが13店舗あります(同社「2020年7月期 第2四半期決算説明資料」29ページ)。
集客をジョイフル本田に大きく依拠した出店といえます。
JMの店舗展開は以下のとおりです。関東圏です。
茨城県からスタートしたJMではありますが、都内に多く出店する肉のハナマをM&Aで獲得したことにより、都内の店舗数が一番多くなっています。
東京都内に出店をあまりしていないヤオコーとベルクとは現在のところそれほどバッティングしていない店舗展開になっています。
2 ROEの分析
ファンダメンタル分析の出発点として、「経営戦略の結果を端的に映し出す鏡であるROE」(伊藤邦雄『新・企業価値評価』(日本経済新聞出版社、2014年)196ページ)の推移を見ます。
(1) ROEの推移
ROEは、当期純利益を前期末と当期末の自己資本の平均で割って算出しています。
ROE=当期純利益÷((前期自己資本+当期自己資本)÷2)
JMは、7月決算であり、現時点では2020年7月期の数字は出ていません。
ここの中では、G7とエコスの数字が突出していいです。
G7は、ROEを年々向上させており、資本配分がうまくできています。
他社は年々ROEがやや悪くなっている傾向があります。留保利益を使ってさらなる利益を生み出すのがG7よりうまくいっていないということです。
ちなみに、各社の決算期は次の通りです。
ヤオコー |
3月 |
ベルク |
2月 |
G7 |
3月 |
エコス |
2月 |
JM |
7月 |
(2) ROEの分解
なぜG7とエコスはROEが高いのか。その要因を探るべく、ROEを3つの要素に分解して分析します。
ROEは以下のとおり3つの指標の掛け算に分解できます。
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』197ページ)
それぞれの指標の数字が大きければ大きいほど、ROEは高くなります。
ア ROS(売上高当期純利益率)
5社の売上高当期純利益利益率を見てみます。どこが利益率のよい商売をしているのでしょうか。
ROSは、当期純利益÷売上高で算出しています。
これを見ると、エコスは実は当期純利益率は5社の中で最低であるということがわかります。
G7も下から2番目。
それにもかかわらず、2社はROEが高い。総資産回転率か財務レバレッジにて高い数字を出して高ROEをたたき出していることになります。
とはいえ、2社とも利益率は改善傾向にあります。
イ 総資産回転率
次に効率性の指標である総資産回転率を見てみます。
「回転」と名前が付くからといって、資産を物理的に回転させるわけではありません。
売上高を総資産で割って算出しています。
なお、総資産は、前期と当期の平均値を使っています。
総資産回転率について簡単なイメージをつかむ説明をします。
会社A:資産は、100億円の不動産、100億円の現金があります。合計200億
会社B:資産は、10億円の不動産、10億円の現金があります。合計20億。
同社、どちらも売上は100億円とします。
A社とB社、どちらが効率よく売上をあげているかというと、B社です。A社の1/10の資産で、同じ100億円の売上です。
両社の総資産回転率は次の通りです。
会社A:0.5回転(売上100億円÷総資産200億円)
会社B:5回転(売上100億円÷総資産20億円)
数値は大きい方がいい。
これを見ると、ROEの高いG7とエコスが直近数値が2.87回転と2.97回転で1位、2位であることがわかります。
ウ 財務レバレッジ
財務レバレッジは、自己資本比率の逆数です。
財務レバレッジ=総資産÷自己資本
以下では自己資本比率を比較しています。
上記の自己資本比率が低いほど、財務レバレッジが高く、自己資本比率が高いほど、財務レバレッジが低いことになります。
たとえば、ヤオコーの2020年の財務レバレッジは57.45%です。
これを見ると、エコスは自己資本比率が低い(つまり、財務レバレッジが高い)ことから、これは高いROEに寄与します。エコスは、負債を多めにし、高いROEを実現しています。それでもエコスは、自己資本比率を高めていますので、負債は削減の方向にあります。
G7は、年々自己資本比率を高め(財務レバレッジを低くし)ているにもかかわらず、ROEを年々上昇させていることがわかります。
G7の総資産回転率は5年間で向上していないことから、売上高当期純利益率を高めることでROEを高めることに成功しています。これは安全性を高めつつ資本効率も上げているので見事です。
JMは、自己資本比率が高く、財務レバレッジをあまりかけていないため、エコスに比べると安全運転です。
*****
直近2020年度(JMについては2019年度)のROEと分解要素のまとめです。
数字で見てもピンとこないかもしれないので、ざっと高・中・低でまとめると次のようになります。
G7の高いROEは、「中・高・中」というバランスの良さから成り立っています。「低」がないのはG7だけです。
エコスの高いROEは、高い総資産回転率と財務レバレッジによるものであり、利益率は最下位です。
ベルクとJMはROEが「低」ですが、それぞれ「高・低・低」と「中・中・低」であり、ROEが相対的に低くなっているのが見て取れます。ベルクは、利益率は最高ですが、資産が多く、財務レバレッジをあまり聞かせていないためにROEが他社より低くなっています。
以下ではより詳細なファンダメンタル分析を進めます。
3 収益性分析(財務諸表分析①)
(1) 営業利益率
「本業の収益性を表す代表的な指標として、分子に営業収益をとったROS」(伊藤邦雄『新・企業価値評価』199ページ)をチェックします。
売上高営業利益率は、営業利益÷売上高で算出しています。
なお、ヤオコー、ベルク、エコスについては、営業利益÷営業収益で算出しています。
営業収益は、売上高に営業収入を足したものです。営業収入は、物流センターでの収入や不動産賃貸などです。
ヤオコー、ベルク、G7が高く、JMがやや低く、エコスが低いです。
ベルクが若干低下傾向です。
G7は、目に見えて向上傾向です。
エコスもよくなっています。
では、これらの売上高営業利益率は、売上原価・販管費どちらで差が出ているのかさらに分析してみます。
(2) 原価率
原価率を見てみます。売上原価÷売上高で算出しています。
JMが原価率が低く優秀です。エコスがやや高く、その他があまり変わりません。
JMは安く商品を仕入れることに成功しているかもしれません。
(3) 販管費率
次に販管費率を見てみます。販売費及び一般管理費を売上高(または営業収益)で割って算出します。
ベルクとG7が優秀です。ベルクは常に優秀で、G7は少しずつ良くなっています(数字が小さくなっています)。
この2社は、売上原価が他とあまり変わりませんが、販管費を抑えることで営業利益率で上位にランクインしました。
ヤオコーは、販管費は年々良くなりつつありますが、ベルク、G7にはまだ差があります。
エコスの販管費率は悪くありません。しかし、原価で他社より数字が悪いため、営業利益率は最下位になりました。エコスが収益性で改善するのであれば原価率でしょう。
原価率の低かったJMは販管費率はやや高めです。販管費率が高めのため、JMは営業利益率で上位に入れませんでした。
4 効率性分析(財務諸表分析②)
効率性分析をするにあたり、総資産回転率のおさらいです。
エコス、G7、JMの順に優れています。
では、なぜ下3社は優れ、ヤオコーとベルクは劣っているのか。
総資産を構成する資産から、棚卸資産回転率と有形固定資産回転率を見てみましょう。
(1) 棚卸資産回転率
棚卸資産回転率は、売上高を棚卸資産(在庫)の前期末と当期末の平均で割って算出しました。
ヤオコーとベルクの棚卸資産回転率は思ったより悪くありません。
しかし、ヤオコーは、年々悪くなっています。
G7は、最下位の棚卸資産回転率に落ち込んでいます。
これは、スーパーマーケットではないオートバックス事業があるのが原因かもしれません。
エコスは、優秀です。在庫を確実に売上に回しています。
JMの在庫回転率は相対的にイマイチです。
ここもG7と同じくスーパーマーケット以外の事業があるのですが、スーパー事業での売上が96%なので、あまり言い訳にできません。
(2) 有形固定資産回転率
棚卸資産回転率は、売上高を有形固定資産の前期末と当期末の平均で割って算出しています。
この数値を見ればなぜヤオコーとベルクの総資産回転率が悪いのかがわかります。
ヤオコーとベルクは、有形固定資産がバランスシートの中で大きいのです。
ここで有形固定資産に着目して、各社の総資産に占める有形固定資産の割合を比較してみましょう。
ア 有形固定資産比率
JMの2020年の数値は、2020年4月期(3Q)のものです。
有形資産をどれだけ持つか、これは各社の方針の違いが表れています。
ヤオコーとベルクは、店舗に大きく投資をし、有形固定資産を膨らませる作戦です。2社ともスーパーの店舗は大きくて立派です。
G7とJMは、どちらも業務スーパーなんだから内装はいいかげんでいいだろ、というスタンスです。ヤオコーとベルクに比べると、店舗はしょぼい。
エコスはその中間といった感じです。
続いて有形固定資産を多く持つヤオコーとベルクがどの程度設備投資に金をかけているか見てみましょう。
イ 売上高設備投資比率
各社は、設備投資をどれくらいしているか。売上高に占める設備投資の割合はどの程度か。
設備投資額÷売上高で算出しました。
設備投資額は、有価証券報告書記載の数値を使っています。
これを見ても、ヤオコーとベルクの設備投資にかける熱意(負担)がわかります。
売上の5%を毎年のように設備投資に取られるのは重い負担です。
それだけの投資をする見返りがあるのでしょうか。
ヤオコーとベルクがこれだけでかい投資をしているのは、店が大きくて立派だからと思われます。実際に見てみるとどちらも立派です。
大きな店舗にしてたくさん人を集めて1店舗でたくさん売り上げようというのが両社の作戦のはずです。
それを検証してみます。
ウ 店舗当たり売上
G7とJMは、スーパーマーケット事業だけの数値を使いました。有価証券報告書にセグメントの売上高が載っていますので、それを使っています。
売上高÷店舗数で算出しています。数字の単位は百万円です。
これを見れば、ヤオコーとベルクが大いに店に投資して大いに店で売上を上げているのがわかります。
G7はそれらに比べるとかなり小さいです。小さな店舗であまり金をかけずに細々と儲ける算段でしょう。
G7は、「現時点においては、多額の設備投資を見込んでおらず、手許資金の範囲内で設備投資を行っていく方針であります」(G7「有価証券報告書2020.3」)と明言しています。
エコスとJMはその中間をいっています。
JMの肉のハナマサは業務スーパーに似ていると思っていましたが、この数字を見る限りでは、業務スーパーよりは店舗が大きいようです。
5 安全性分析(財務諸表分析③)
ここからは各企業のディフェンス力、安全性を見てみます。倒産する危険性はどの程度か、ということです。
まずはもう一度自己資本比率を見てみます。
自己資本比率=自己資本÷総資産
自己資本比率が高ければ高いほど、負債に依存していないことを意味し、安全です。
スーパーマーケットはどこもそれなりに負債に依存していて楽な業界ではないんだなと感じます。
1位のJMでようやく58%です。エコスは35%しかない。それだけ負債を使ってレバレッジをかけているのだ、という評価もできますが、負債が多いのはあまり楽しくありません。
安全性には、「大きく短期的安全性と長期的安全性があ」ります(伊藤邦雄『新・企業価値評価』203ページ)。
まず短期的安全性をチェックしてみましょう。
(1) 流動比率
流動比率は、流動資産を流動負債で割って算出しています。
「すぐに現金にできる」資産を10億円持っていて、「すぐに返さなければならない」負債を20億円かかえていれば、10億円÷20億円=50%と算出します。
資産が負債より多ければ多い方が安全。流動比率は大きいほうがいい。
なので、この中で一番優秀なのはJM。直近で162.16%ある。
伊藤教授の本でも150%は「高い水準」とされています。
とはいえ、やはりスーパーはどこもそんなに余裕ないですね。設備投資が重いヤオコーとベルクは楽ではありません。
G7とJMは設備投資負担が軽いので安全性も高めです。
(2) 当座比率
もう1つ短期での安全性を図る指標である当座比率を見てみましょう。
流動資産のなかでも、とりわけすぐに現金化することができる資産(当座資産)の比率をとったものが、当座比率である。当座資産とは、現預金や短期性有価証券、売上債権などである
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』204ページ)
当座資産を流動負債で割って算出しました。当座資産は、流動資産から棚卸資産を引いて算出しています。
流動比率と似たような結果になりました。
「一般に、当座比率は100%を超えていれば十分に安全であるとされる」(伊藤・同上205ページ)。JMはかなり安全。G7も十分に安全というレベルでしょう。
ベルクはあまりお金を残さずに攻めに使っているようです。
(3) 固定比率
固定比率=固定資産÷自己資本
中長期の安全性の指標の1つである固定比率を見てみよう。この比率が100%を超えていれば、長期性の投資である固定資産が、長期性の資金である自己資本によって賄われていないことを意味する。つまり、長期の投資に対して短期の資金(負債)を投下しており、安全性が低下する
(伊藤邦雄『新・企業価値評価』205ページ)
数値は小さい方が安全です。
固定比率は、サラリーマンが自分の手持ち資金に応じてどのような持ち家をもっているか、というたとえでイメージがつかめます。
- 手持ち資金が1000万円。その人が5000万円の家を持っていたら、固定比率は500%です。
- 手持ち資金が1億円の人が5000万円の家を持っていたら、固定比率は50%です。
*固定比率=家(固定資産)÷手持ち資金(自己資本)
どちらの人が積極的で、どちらの人が安全に家を買っているかはわかってもらえると思います。
G7とJMは、固定比率が低いです。両社は、あまり固定資産が大きくないのが特徴ですので、数値が低くなっています。高い持ち家を持たず、賃貸を重視するサラリーマンのようです。
他3社は、G7とJMの倍以上の数値です。固定資産が大きい。持ち家主義のサラリーマンです。住宅ローンを使って自分の現有資産よりも大きな家を買っているわけです。
短期だけでなく、中長期的にみても安全な資金の使い方をしているのはG7とJMです。
6 成長性分析(財務諸表分析④)
過去5年間の各社の成長ぶりを見てみます。
(1) 売上高成長率
毎年の対前年比での成長率はこうです。
上3社は、まあまあよく、下2社はそれより劣る、という感じです。
(2) 当期純利益成長率
売上高だけでなく利益も見てみます。
コスト削減がうまくいって利益は上昇してるかもしれません。
こう見るとG7は優秀です。マイナスはなく、毎年2桁成長。
各社の成長要因を見てみましょう。
売上が伸びているのは、店舗数が増えているからなのか。それとも、既存店舗の売上高が増えているからなのか。
(3) 店舗数の増加率
各社の店舗数の伸びをパーセントで見てみます。
G7とJMは、スーパーマーケット事業の店舗数であり、他事業の店舗数は除外しています。
エコスは過去4年の数字、JMは過去3年の数字しか取れませんでした。
ヤオコーとベルクは、着実に店舗数を増やしているのがわかります。設備投資にお金をかけて店舗を着実に増やす戦略を取っているのが数字上出ています。
G7は、2016年に店舗数が激増しています。これは、M&Aで他社を買収したことが原因です。
(4) 1店舗当たりの売上高増加率
店舗数をどんどん増やしても、既存店舗がどんどん不人気になって売上が落ちたら、トータルでは売り上げ増が小さくなります。既存店舗の売上も高くすることが大事です。
各社の1店舗当たりの売上は伸びているか見てみましょう。
ベルクは、着実に既存店舗の売上を伸ばしています。
G7は、2016年は、他社を買収してスーパーマーケット事業の店舗数を大幅に増やしましたが、1店舗当たりの売上は大きく下がりました。あまり売上の上がっていない店舗を多く買い取ったことが要因と思われます。
しかし、その後は少しずつ店舗売上を上げてきているので、PMI(Post-Merger Integration。買収後の統合活動)にうまくいっていると評価してもよいかもしれません。
売上高営業利益率を再度見てみましょう。
ヤオコーとベルクは、店舗数増加に伴う利益率低下をなんとか食い止めようとしている数字でしょうか。
G7は、2016年に他社買収を実施後に、売上高を伸ばすだけでなく営業利益率も伸ばしているので、ここでもPMIはうまくいっているように見えます。
(5) 各社の成長戦略
各社のIR資料から今後どのような将来を思い描いているかを考察します。
ア ヤオコー
「500店舗、売上高1兆円」が長期の数値目標です(ヤオコー「有価証券報告書2020.3」)
直近の店舗数は約180店、売上高が約4400億円ですので、まだまだ成長の道半ばと考えているようです。
イ ベルク
当社グループは、経営方針の実現のため、中長期の経営戦略として、標準化したフォーマットでの計画出店を行い、新たな商圏開発に取り組むとともに、あわせて既存店の改装等による店舗活性化や店舗状況に合わせた諸施策を実施し、一層のドミナント化とお客様に支持される店舗展開を行います。
また、高収益の企業体質を維持、継続していくために、効率経営によりさらなるローコストオペレーションに取り組んでまいります。
(ベルク「有価証券報告書2020.2」)
要点は、以下のようです。
- 新規出店を続けます
- 既存店舗も活性化させます
- これらによりドミナント化をより進めます
- コスト削減も進めます
なお、新規出店は既存店舗数の5~10%となるよう計画しているようです(ベルク「決算説明会2020.2資料」14ページ)
ウ G7
業務スーパー・こだわり食品事業では、特に業務用食材を小売販売する「業務スーパー」は、各地域の市場動向を勘案した店舗展開と同時に精肉や青果物、他の生活に密着した付帯メニューの拡充を通じて顧客満足及び付加価値の向上を図ってまいります。
(G7「有価証券報告書2020.3」)
かなり抽象的な記載です。
なお、オートバックス・車関連事業については、M&Aによって成長を目指すと明言しています。
当社グループの主要事業であるオートバックス・車関連事業は、当社の本社所在地である兵庫県において集中的な出店政策を推し進めた結果、2020年3月期末現在、当該事業71店舗のうち、37店が兵庫県に立地しており、既に同県においては、一定の市場シェアを有していることにより、今後においては更なるシェアの拡大を図ることは困難な状況にあります。また、兵庫県以外の地域においても、自動車用品市場が急成長することは見込めず、当該事業の売上高の伸びは鈍化する傾向にあります。
そのため、当該事業については、同業他社をM&Aすること等により事業拡大を図る方針であります。
(G7「有価証券報告書2020.3」)
G7は、スーパーだけをやっているわけではないため、海外進出にも含みを持たせています。
海外での事業推進が、今後の当社グループの成長の鍵を握ると考え、東南アジア諸国での事業展開に取り組んでまいります。
当社グループは、マレーシアとタイでオートバックス・車関連事業を行うための現地法人を設立し、オートバックス店舗及びバイクワールド店舗をオープンいたしました。今後も自動車関連や食品スーパー関連等の店舗を展開するために、東南アジア各国へ進出を加速させる計画であります。
(G7「有価証券報告書2020.3」)
なお、2076年に売上高1兆円、経常利益500億円という長期ビジョンを掲げていますが、あまりに超長期すぎます。
エ エコス
エコスは、IRが不活発であり、情報がとりにくいです。
「中長期的な会社の経営戦略」が有価証券報告書2020.2で次の通り説明されています。
地域密着の食品スーパーマーケットチェーンとして競争の激化する業界内でお客様の信頼を高め、更なる業容の拡大と財務体質の向上を図るために、従業員の教育訓練に注力するほか、社是である「正しい商売」に基づいて、コンプライアンスの徹底に取り組んでまいります
- 従業員教育訓練注力
- コンプライアンス徹底
これらは中長期の経営戦略といえるのだろうか。
なお、出店戦略については次の通り説明されています。
店舗展開におきましては、ドミナント・エリアの強化・拡充を図るため、毎期安定的に継続して新規出店を行い、関東圏を中心にマーケット・シェアの拡大を図ってまいります。また、不採算店舗や店舗規模等の問題により競争力の低下した店舗におきましては、新規出店の状況に応じて適宜閉鎖及びスクラップ&ビルドを実施し、店舗規模の標準化及び収益力の改善を推進してまいります。
オ JM
JMの中長期的な会社の経営戦略は次の通りです(JM「有価証券報告書2019.7」)
今後もさらに高鮮度、高品質で安全な商品の提供及び楽しく買い物が出来る売場の提供等に取り組んでまいります。その経営戦略は、以下の通りであります。
- 店舗網の充実
スーパーマーケット事業(ジャパンミート、肉のハナマサ)、外食事業併せて年間2~4店舗の新規出店を行い、収益力拡大を図ります。また、東京23区内等の都心部に向けて新規店舗業態への開発を進めます。
- 商品力の強化
お客様に喜んでいただける商品の開発を強化いたします。
- 人材育成
食のプロフェッショナルを目指し、将来の店長候補となりうる人材を育成します。
新規出店は、年間2~4店舗を計画しており、無理に拡大させることは考えていないようです。
また、東京23区内の都心部を深耕する方針です。
7 キャッシュフロー分析
これまで主にBSとPLに基づいて分析を行ってきました。
もう1つの主要財務諸表であるキャッシュ・フロー計算書を見てみます。
キャッシュ・フローの大きさは会社によりまちまちですので、キャッシュ・フローの金額ではなく、比率でチェックします。まずは営業キャッシュ・フローマージンを見てみます。
(1) 営業キャッシュフローマージン
営業活動によるキャッシュ・フロー売上高で割って算出します。
売上から、どの程度キャッシュ・フローが創出されているかをチェックします。
ヤオコーとベルクは、着実に本業の売上から営業CFを稼いでいるのがわかります。
スーパーマーケットは、店舗を構えてお客にすぐ対価を支払ってもらうため、B to Bビジネスのように債権回収があまり問題にならず、基本的には確実にキャッシュが手に入ります。
(2) CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)
各社のキャッシュに関して、どの程度効率よく資金を回収できているか、CCC(Cash Conversion Cycle)を見てみます。
CCCは、棚卸資産回転日数、売上債権回転日数、仕入債務回転日数を統合して、総合的に企業の資金回収の効率性を見る指標です。「キャッシュ化速度」とも言われています。資金効率が高い企業ではCCCが小さくなり、マイナスになることもあり、アップルもマイナスになっていることで有名です。
ヤオコー、ベルク及びエコスというスーパーマーケット専業は、いずれもCCCがマイナスであり、ハイレベルな資金効率を達成しています。これがスーパーマーケット。
スーパーマーケット専業ではないG7とJMは両社とも10日ほどです。これでも悪くない数字です。
(3) 売上高フリー・キャッシュ・フロー比率
ヤオコーとベルクは、上記(1)と(2)で秀でていましたが、これらでは両社が大きな店舗投資をしていることが考慮されていません。
営業活動CFに投資活動CFを足し合わせた数字をフリー・キャッシュ・フロー(FCF)として、各社のFCFの売上高に占める割合を見てみます。
G7がこの中では優れており、ベルクとJMがマイナスなく次点につけ、ヤオコーとJMがマイナスありでやや安定していません。
(4) FCF on Net tangible equity
キャッシュ・フロー分析の最後に、あまり一般的ではない指標を見てみます。
FCFを、Net tangible equityで割ってみます。Net Tangible Equityは、自己資本-無形固定資産で算出します。有形自己資本と言える数字です。ウォーレン・バフェットやJPモルガンのCEOジェイミー・ダイモンは利益÷NTEの数字をよく使っていますが、ここではFCFを分子として見てみます。
有形の自己資本(元手)からどれだけFCFを創出できたのかを見る数値です。
G7とエコスが優秀です。JMも直近2年は優れた数値です。
大型スーパーのヤオコーとベルクは、巨額投資をして大きな資産を持つので、この数値が上がりにくいです。
8 総合評価/市場による評価
2020年7月22日の終値ベースで、各社の市場における数字を見てみます。
各社のPERがどうなっているか想像がつくでしょうか。
PERは、JMホールディングスが高くなっていました。次にヤオコー。エコスは低いです。
PERと配当利回りについて分析してみます。
(1) PERの推移
PERは、株価をEPS(1株利益)で割って算出します。株価は、有価証券報告書記載の各年の最高株価と最低株価の平均値を使いました。
まず、エコスのPERは毎年低く、不人気なのがわかります。
店舗数が増えておらず、成長する気配がない割に借金が多いのが不人気の原因かもしれません。あるいはIRのやる気のなさも一因か。
ヤオコーは安定して人気、ベルクはそれに次ぐ人気です。
G7は、かつて不人気でしたが、最近になって人気が出てきました。フランチャイジーであることやオートバックス事業等をやっていることは不人気になる要因と思われますが、業務スーパーの躍進により評価が高まりつつあることが考えられます。
JMは、年々PERが高まっており、人気急上昇中銘柄です。肉のハナマサが第二の業務スーパーのように成功することが期待されているのでしょうか。
(2) 配当利回りの推移
配当利回りは、予想年間配当額を株価で割って算出しています。株価は各年の平均株価です。
G7とエコスは割安株であり、この中では相対的に不人気であることがわかります。
(3) 配当性向の推移
各社が獲得した利益のうちどの程度配当に回しているかをチェックします。1株当たり配当額を1株当たり純利益で割って算出しました。
スーパーはどこも配当性向が渋いです。
設備投資をしなければならないので株主還元にはあまり積極的になれないようです。
G7だけはその中で配当性向を高めています。G7の配当利回りが良くなったのは配当額の増加が要因の1つになっているようです。
純利益のうち、配当に回さなかったものは会社に留保されます。内部留保と言われる利益です。貸借対照表には利益剰余金として計上されます。
利益を会社に留保したのであれば、その留保利益からさらに大きな利益を上げるのが会社としてあるべき姿です。
ある年に100億円の利益があがった。
そのうち50億円を配当して残りを会社に残したら、来年は会社の自己資本として増加した50億円部分についてのリターンが追加されなければなりません。
もし来年も利益が100億円で変わらないなら、ROEは低下します。
内部留保された利益はうまく使えているか、という観点でROEをもう一度見てみます。
G7は、ROEを向上させています。配当性向を高めて余剰資金を持ちすぎないようにしているのが奏功したかもしれません。また、同社はそれほど設備投資の負担が重くないため、現金を抱える必要がなく、他社よりは余裕があると言えそうです。
ヤオコーとベルクは、留保した割にはROEを高めることができていません。両社ともROEは高めですので、このROEを維持向上させる成長を設備投資によって目指すのはなかなか大変です。
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まとめです。
ヤオコーとベルクは似た者同士の大型スーパー。大きな店舗を出店させて成長を目指しており、設備投資負担が重いのが特徴。
G7とJMは、スーパー専業ではないですが、あまり設備に金を書けない小型スーパーを機動的に出店させて成長を目指しています。
エコスは、安定した中堅スーパーですが、借金がやや多い。
*主な参考文献